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井上泰浩広島市立大学教授との鼎談

対談する斉藤鉄夫と井上教授(左)

 7月23日に行われた斉藤鉄夫と井上泰浩広島市立大学教授との鼎談の詳細は以下の通りです。

斉藤 昨年、朝日新聞が米国で行った調査では、「原爆投下はやむを得なかった」という人が55%、「間違いだった」という人が34%だということですが、そんな割合なんでしょうか。

井上 そうだと思います。原爆投下50年(1995年)のスミソニアン原爆展(※1)が中止に追い込まれた当時は、まだ、第2次大戦のベテラン(退役軍人)の方が存命で、社会の中枢にいらっしゃった。差し支えのある言い方ですが、その方たちがいらっしゃらなくなると、米国世論は、がらっと変わるかなという気はします。ただ、残念ながら被爆者の方もいらっしゃらなくなるというジレンマがあります。

斉藤 被爆者の平均年齢(全国)は77・44歳です。在外被爆者も含めた被爆者援護をさらに強化していきながら、被爆者の方たちの願いである「核兵器廃絶」という方向に運動の軸を回転させていきたいと思っているのですが。

 井上 「被爆者のユニバーサル化」というと少し語弊があるんですが、日本の被爆者援護のノウハウは世界中に広げられる可能性があると思います。というのは、米国には相当数の〝被爆者〟がいらっしゃる。核兵器開発・実験をやっていますから。ネバダ州ラスベガス北西にあるテストサイト(ネバダ核実験場)の風下に、「ダウンウィンダー」(downwinder)と呼ばれる〝被爆者〟が、あまり公になっていませんが、いらっしゃる。

 斉藤 被曝量はどのくらいなんでしょうか。

 井上 広島・長崎のような〝直爆〟のような急性症状が出るものではないようですが、風上で何百発も核実験をやっているわけですから…。

 斉藤 なるほど、被爆者というと日本だけのものというイメージがありますが、もっと世界に眼を向け、放射線被曝の実態を知っていくことは大事ですね。

 井上 それと、6月にロスアラモス国立研究所(※2)付近で大規模な山火事がありましたが、米国では連日、トップニュースです。「フクシマ・アゲイン」とか「放射性物質が漏れ出したらフクシマの比じゃない」とか、もう大変な騒ぎでした。米国人は原爆投下を正当化してはいるけれども、核に対しての恐怖心というのは思っている以上に強いような気がします。福島原発事故のことはもちろんですが、放射能の恐怖というのは世界的な問題です。「いつどこでも同じようなことが起こり得る」「誰でも被爆者になってもおかしくない」という核の恐怖を訴えていくことは、やっぱり有効だと思います。

斉藤 昨年から今年にかけて、米国は核兵器の性能を調べる新しいタイプの核実験を行いました。

井上 どういう実験ですか。

斉藤 強いエックス線を使って核爆発に近い超高温、超高圧の状態をつくり、核兵器のプルトニウムの反応を調べるといったものらしい。核爆発を伴わない点では臨界前実験と同じですが、火薬を爆発させ衝撃波でプルトニウムを圧縮する臨界前実験とは異なり、火薬を使っていない。推測に過ぎませんが、米国も新たな核弾頭をつくるためというよりも、古い核兵器の性能を保持した上で、古いものは廃棄したり、削減の方向に入っているのかな、と。もちろん、私たちはあらゆる核実験に反対ですし、あくまで「核兵器をゼロに」という理念をもっていますが、核兵器を徐々に削減していくプロセスの中で、廃絶への道を探る運動もあり得ると考えます。

井上 日本では未公開ですが、「カウントダウン・トゥ・ゼロ」(※3)という米映画があります。私はまだ観てないんですが、「核兵器をゼロにしよう」という映画がアメリカでつくられるという事実は、風向きが変わるかもしれないという気にさせます。

斉藤 公明党は「核兵器禁止条約」の実現をめざしていますが、昨年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の最終文書に、禁止条約の重要性が言及されました。被爆者や市民による広範な運動の成果だと思いますが、この流れを確かなものにするために、私たちは2015年の次回NPT再検討会議を広島で開催するよう求めています。NPT体制自体には問題があるかもしれませんが、米ニューヨークとスイスのジュネーブでしか開かれたことのないNPT会議を被爆地で開催する意義は大きいと思っています。

井上 なるほど。核兵器廃絶という前に、核というものがどれだけ怖いかということが分かっていないと廃止しようという気は起きないですよね。そういう意味で被爆者の方たちの存在、証言が果たす役割はものすごく大きい。米国で過半数の人が原爆を正当化しているのは、悲しいかな、キノコ雲のイメージしかないからなんです。しかし、広島の原爆資料館に行ったら多くの人は変わる。被爆者の体験を聞いたら、ほとんどの人は考えが変わると思います。おそらくその機会がないだけです。

斉藤 そう思います。核保有国の首脳が被爆地・広島に足を踏み入れ、被爆者の話に耳を傾けることが第一歩じゃないでしょうか。

井上 被爆者のことを伝えていくしかないと思います。スティーブン・オカザキ監督の「ホワイトライト・ブラックレイン」(※4)は、アカデミー賞のドキュメンタリー賞を取りましたが、米国では、DVDで販売はされてはいるもののケーブルテレビでしか放送されていません。

斉藤 オバマ大統領の「核兵器なき世界」を掲げた「プラハ演説」は米国でどのように受け止められていますか。

井上 受け止められていないというか、ほとんど報道されていません。ノーベル賞を取ったこと自体、国民の多くは知らないんじゃないですかね。ノーベル賞と金メダルはゴロゴロしている国なんで(笑い)。昨年の8・6式典にルース駐日米大使が出席しましたが、そのことを来日した米国の政治学者に伝えたら知りませんでした。「それはすごい一歩だな」とは言っていましたが、残念ながら米国では大きく報道されていません。

斉藤 世界に向けて、ヒロシマの真実や被爆者の願いを発信するにはどうしたらいいと思いますか。

井上 インターネットが有効だと思います。NHKは原爆に関する良い番組をつくっており、アーカイブをいっぱい持っている。でも国内で1回放送して塩漬けです。もったいない。それを多言語、せめて英語の字幕を付けて世界中にネットで公開すべきです。世界中の人に被爆者のエモーショナルな部分が伝われば、180度意見は変わると思います。そのためには、日本のおかしな著作権法を世界標準にしなければならない。あまりにも利用が制限され過ぎていますから。通信法、放送法、著作権法は抜本的にリセットできないものですかね。

 斉藤 商業目的でない部分は、もっと緩やかにしてもいいですね。著作権法を勉強してみます。世界中の人たちに被爆者の思いをダイレクトに伝えるネットは重要なツールですね。今日はありがとうございました。

プロフィル

いのうえ・やすひろ/広島市立大学教授 国際学部(マスメディア学、情報通信)。全国紙記者を経て、米国ミシガン州立大学へ留学、博士号取得。専門はメディア論。著書に「メディア・リテラシー 媒体と情報の構造学」など。山口市出身。

文中解説

(※1)スミソニアン原爆展 米スミソニアン航空宇宙博物館で企画された、原爆投下機エノラ・ゲイを中心とした原爆展。悲惨な被害状況の展示は原爆投下の正当性を揺るがすなどと、議会や軍人会が猛反発し中止に追い込まれた。

(※2)ロスアラモス国立研究所 米国ニューメキシコ州にある国立の科学技術研究機関。第2次大戦中、「マンハッタン計画」遂行のために設立され、広島、長崎に投下された原爆を製造した。

(※3)『カウントダウン・トゥ・ゼロ』 邦題『カウントダウンZERO』、2010年、米ドキュメンタリー映画。地球温暖化の危機を訴えた『不都合な真実』のスタッフが、「ゼロになるのは<核>か、<人類>か」と問いかける。9月1日より全国ロードショー。

(※4)『ホワイトライト・ブラックレイン』 邦題『ヒロシマナガサキ』、2007年、米ドキュメンタリー映画。日系三世のオカザキ監督が広島、長崎の被爆者14人と米国関係者の証言を記録、反響を呼んだ。